欧米ブランドに「負けていないぞ!」

August 29, 2018

村木るいさんの「人に話したくなる革の話」 あなたが見る革に押されたブランドロゴの影にはこんな苦労がある。箔押し屋という仕事

カテゴリー: 村木るいさんの「人に話したくなる革の話」

すっかりお馴染みとなった恒例企画、村木るいさんの「人に話したくなる革の話」第5弾は、「箔押し」にフォーカス。皆さんがお使いになっている革製品の革に押されたブランドロゴ。それらを手がけるスペシャリストの仕事を徹底解説してくれます。

通常、皮革産業のさまざまなトピック、イベントのレポートなどをお届けしておりますが、この春から人気イベント「本日は革日和♪」を主宰する村木るいさんが加わりました。

イベント、セミナーなど精力的に活動する村木さん。皮革に関する確かな見識を有し、幅広い情報発信に支持が寄せられています。

当ブログでは、レザーに関心をもちはじめた若い世代のかたや女性ユーザーにもわかりやすくお伝えすべく、ていねいな解説とともに西日本の皮革産業の現状をご紹介。

次回の「本日は革日和♪」は9月29日~30日に開催予定です。下記のリンク先をチェックしてください。


*  *  *



毎度です、1か月に1回のお約束。


大阪の地から自由に書かせてもらっている革のブログ記事。


ここしばらくは「革業界を支えてくれているけど、あまり表に出てきていない職業の面白さ」を知ってもらいたく、書き散らかしています。そろそろ「もっとメーカーさんとか革の職人さんとかタンナーの紹介してよ! 」とツッコミが入りそうで怖いですね。


今回は「人生108回あるならば4回くらいはやってみたいな」と思っている職種、「箔押し屋」の紹介です。

これがまた奥が深く面白い仕事なのですが、箔押し屋も数が少なくなかなか表に出てきません。

最近ではヤフオクなどで安価な5万円くらいの箔押し機も出ていますが、道具を買ったら箔押しを極められるというものでもないです。

今回は箔押しがどんな仕組みで行われているか。この仕事はどう奥が深いかを解説してみましょう。

箔押しの箔ってどんなもの?

金や銀などの箔押しは金色や銀色の箔押しのフィルムがまず必要となります。
こちらを箔押し機にセットして温度・押す時間・押す力を設定したらあとはスイッチポンです。
わぁ、なんて簡単なんでしょう!

はい、もちろん大嘘ですヽ(・ω・)/
箔押しという仕事は、素材や表面処理、入れたい文字や絵柄の細かさ、使う版、使う箔の種類を見極め、手持ちの技術、設備を随時選択するという、非常に細やかな神経と技術を要求される仕事です。


箔押しの原理から

箔は銀色の箔フィルムが基本となります。この表面に黄色や茶色などのフィルムを貼れば金箔や黄銅箔などができ上がります。
で、裏面に接着剤が張り付いており、版に熱を与えて押し付けることで接着剤が溶ける。革の表面に付着する、という原理です。

言葉だけで説明したら簡単なものです。

選択肢が莫大な箔押し、という仕事


まず機械

手で押すような簡易的なものもあります。簡易といっても軽く10万弱はします。

箔押し屋さんはこのような機械は使わず、エアーの力で圧を与えるような機械を使います。重さにして300kgくらいかな?
こちらは購入すると数百万クラス。
エアー以外にも機械式の箔押し機や合皮用の箔押し機など、種類があります。

作業中に油断すると指を潰しますが、以前紹介した裁断屋さんに比べるとまだ安全な仕事です。

「じゃぁ、この機械買えば箔押し全部できるんだろ?」というほど甘くありません。


箔を買うときも選択肢が多い

前述のようにまず箔を選択します。箔はものすごく色々な種類があります。そりゃもう目移りするほど。ただ、1本が数万円します。幅が30cmほどあります。

購入時に指定すると「10cm、3cm幅に輪切りにしておいて。残りはそのまま」など幅切りして納品してくれます。

「幅30cmもいらないんだけど、、、、つぅか、こんなにあっても使い切れないんじゃないの、箔押しでは?」と思って相談したところ「この箔は本来はポテトチップスの袋の裏面などに大量に使われるんですよ。ほかは化粧品の箱とか」との回答。

なるほど!!それら容器業界が大量に使ってなんぼの素材なのか!と目から鱗が出たものです。箔押し業界のほうが使用量は格段に少ないわけですね。

購入時にはさらに裏面につける接着剤も選択します。合皮と革では接着の種類が異なるわけです。


箔を購入するだけでも、

1 色
2 幅
3 接着剤

と選択肢がこれだけあります。


版の種類、絵柄や文字の種類

文字や絵柄が書かれた版。これも値段に落差があります。
手持ちの版をお見せしますが、ちょっと見られたら困る部分もあるので拡大したものをお見せしましょう。

箔押しに使える金属版としては私が使っているのはこの3種があります。
右に行くほど高額になります。

横から見るとわかりますように安いほうが高さがありません。

重要なのは文字部分の高さです。せいぜい1mm程度しか変わらないのですが、これがものすごく変わります!
文字の高さが低いものは、強く押すと簡単に面部分が革に設置してしまいます。
文字や絵柄をがっつりと深く押すことができないわけです。

さらに写真をよく見ると亜鉛・マグネ版は文字部分が山形になっています。
これは版の制作工程で必ず生じるものです。
大きな文字や図の場合は大きな問題にならないのですが、小さな文字になるとこの山がお互いに干渉し、悪さをします。
深くガッツリと文字を入れづらくなるわけですね。

上のJLIAという版を亜鉛版で作り、横幅を2cmほどにしてしまうと、「J」と「L」の間は山が干渉してしまい文字が浅く押されてしまいます。

それに対して真鍮の版は横から見ればわかりますように垂直にストンとした崖状態。さらに他の版に比べると高さもあります。
結果的にガッツリと文字を入れることが可能となっています。お互いに干渉する山もないため小さな文字の箔押しもきれいに入ります。
その分お値段高めですね。

(これらの版は私が取引している箔押し屋さんや版屋さんで取り扱っている品です。そのため真鍮版だから日本全国これと同じです、とは到底約束できません。また、どこで頼めるのか、などのご質問は尋ねられても答えられません。)

箔押し屋さんは入れる文字や図柄の大きさ、細かさを見て「これは高い版を作らないとできませんよ」「これくらいならばちょっと安い版でも大丈夫」と判断するわけです。

もっと細かく説明すると、白や原色系の箔は入れづらいとか、細いものはそれだけ欠けやすくなるが版にお金かけたらなんとかなる、など入れる文字・図柄の模様でも左右されます

まとめると、箔押し屋さんは「この版で押してください」「こういう文字を押してください」と言われた際に次の選択をしています。

1 どれだけ細かいのか。面が多いのか。
2 使う版はどの種類か

選択はまだまだ続きます。


革の種類

押す革を受け取った際に、箔押し屋さんは次の選択肢を瞬時に行います

1 革の表面はどんなものか?

 (起毛しているか、表面に張りがあるか、エナメルなのか? などなど)


2 革のどの部位を使っているのか?

 (腹部分は繊維がゆるいのできれいに入らない。背中は繊維が密。などなど)


例えばブランドロゴを入れたいならば、繊維が密な背中部分なりを使ったほうがきれいに箔押しが可能です。お腹部分は繊維がゆるいため、きれいにできません。

上の説明ではちょっとイメージしづらいですね。


それでは「背中部分は繊維がぎっちりと詰まっている紙、お腹部分はスポンジ」だとイメージしてください。
どちらの方がハンコがきれいに入るか、という想像をしたらイメージしやすいかと思います。


技術

ここに来るまで色々と選択をしましたね。
でもまだ、機械に設置してポン! には至りません。

機械に版を設置して、箔押し屋さんは次の選択を考えます

1 版の温度
2 押す圧力
3 押す時間

クローム革などは、版の温度は低すぎると押しても文字を押し返してきます。でも、高すぎると革を痛めます。革の表面の状態によっても温度は変えなければいけません。

タンニン革の背中部分などは繊維が密集していますので弱い力だときれいに入りません。押す圧力はどれくらい強くするかを考えます。
温度が低くても押す時間を長くすることできれいに入ることもあります。でも長すぎるとやはり革を痛めます。

温度・圧力・時間。この3つはそれぞれが密接に結びついています。革と版の種類、文字や図柄の細かさでこれらは変わります。
箔押し屋は長年の経験と手先の感触、目で見る視覚情報でこれらを見極めます。

これが箔押し屋の"技術"なわけですね。

これらの設定を終えてはじめて「あとはスイッチポン」で箔を押すことができます。

もちろん押しながらも「きちんと箔は入っているかな?」「ずれていないかな?」などを常時チェックしていきます。

箔押しもやはり奥が深い仕事なわけです。


大前提として、永遠に残る箔押しというのは存在しない

箔押しは「金や銀色の箔を革の表面に貼り付けている」ということです。
そのため曲げると箔が割れてしまったり、ヒビが入り、剥がれる原因となります。
箔の裏面には接着剤がついており、熱で溶着されますが、これだっていつかは必ず剥がれます。


それでも箔を押すのは何故か?
そりゃもう、押したほうがかっこいいからです!


下の写真は同じ銀箔ですが、ツヤありとツヤなしです。
これを購入すると銀ツヤあり1本で数万、銀ツヤなし1本でさらにもう数万かかってしまいます。
この箔押し屋さんはさまざまな色の箔を持っているので、一財産ですね。

箔押し屋はどこにいる?

体感ですが、今でもそれなりの数が存在します。
ただ、「紙専門」などのところが多く、革に箔を押せる箔押し屋は数が少ないですね。
前述しているように革は部位の違い、なめしの違いが存在するため安定性に欠けます。
そのため革に箔押ししてくれる箔押し屋さんはなかなかレア職種です。


いくら位でやってくれるものなの?

過去に紹介した加工屋さんもそうですが、彼らの加工賃は1回数10円の世界です。
「じゃぁ、3か所やってもらったら200円払ったら良い?」
これをやると加工屋さんは二度と仕事をしてくれません。

彼らの工賃は安いからこそ、最低限100個は持っていくのが礼儀です。
また、1回こっきりの仕事ではなく、数か月後、1年後でもいいから同じ仕事を再度投げかけたり、毎月きちんと仕事を持っていくのがお約束です。

10個、20個くらいの数で加工屋さんにお願いしなければいけない場合はお金を積みます。
「じゃぁ3か所やったら200円のところ、3倍の600円払えばいいんか?」
これも駄目です。
最低でも1時間の時給として2000円以上はほしいです。

「えっ! 3か所押すだけで2000円もかかるの!?」
その3か所押すために箔押し屋さんは機械のセッティングに30分かかることもありえるわけです。

箔押し屋は仕事はものすごく地味。でもできたものはかっこいい!

箔押し屋は地道な仕事です。
相手の革の状態や版の種類、図柄や字の大きさなど考える要素が多くあります。その作業の殆どはすごく地味なものです。

ですが、ブランド名が刻印されたものはかっこよく、この技法は応用性が高く表現力も多彩です。

下の写真は見る人が見たら一発でわかるロゴですが、金銀、艶あり・ツヤなし、黄銅箔、黒光箔、透明箔などさまざまに押したものです。
ほら、すごくかっこいい!

革業界にとってなくてはならない職種のひとつ、箔押し屋の紹介でした。


最後にお約束

今回のような加工屋さんはどこにあるのか。版はどこで頼めばよいのか、などをJLIAに問い合わせられても対応できませんので、ご了承ください。



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プロフィール

鈴木清之

鈴木清之(SUZUKI, Kiyoyuki)
オンラインライター

東京・下町エリアに生まれ、靴・バッグのファクトリーに囲まれて育つ。文化服装学院ファッション情報科卒業。文化出版局で編集スタッフとして活動後、PR業務開始。日本国内のファクトリーブランドを中心にコミュニケーションを担当。現在、雑誌『装苑』のファッションポータルサイトにおいて、ファッション・インテリア・雑貨などライフスタイル全般をテーマとしたブログを毎日更新中。このほか、発起人となり立ち上げた「デコクロ(デコレーション ユニクロ)部」は、SNSのコミュニティが1,000名を突破。また、書籍『東京おつかいもの手帖』、『フィガロジャポン』“おもたせ”企画への参加など、“おつかいもの愛好家”・”パーソナルギフトプランナー”としても活動中。

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