欧米ブランドに「負けていないぞ!」

December 26, 2018

村木るいさんの「人に話したくなる革の話」革業界周辺の職業紹介シリーズ 「漉き屋」

カテゴリー: 村木るいさんの「人に話したくなる革の話」

月1回のスペシャルコンテンツ、村木るいさんの「人に話したくなる革の話」。今回は、革業界周辺の職業紹介シリーズ「漉き屋」さんの仕事をご紹介。革小物、特に財布づくりに欠かせない、縁の下の力持ち。財布はパーツ、工程数が多いアイテムですが、その仕上がりをよりよくするためになくてはならないプロセスを担っています。

冬至、クリスマスが終わると、迎春ムード一色。「成人の日」のお祝いなどを探すかたのご来店で、財布売り場が活気づく時季ですね。
つくり手、つかい手のかたはもちろん、販売スタッフの皆さんにもご覧いただきたい内容です。製品づくり、手仕事をご理解いただくことで、よりよくおすすめしていただけると思います。

通常、皮革産業のさまざまなトピック、イベントのレポートなどをお届けしておりますが、この春から人気イベント「本日は革日和♪」を主宰する村木るいさんが加わりました。イベント、セミナーなど精力的に活動する村木さん。皮革に関する確かな見識を有し、幅広い情報発信に支持が寄せられています。

当ブログでは、レザーに関心をもちはじめた若い世代のかたや女性ユーザーにお伝えすべく、わかりやすい解説とともに西日本の皮革産業の現状をご紹介しています。
なお、「本日は革日和♪」につきましては、下記リンク先をチェックしてください


なお、年内の更新は今回で終了です。新年は1月9日からスタートします。一年、ご愛読いただき、ありがとうございます。2019年もどうぞよろしくお願いいたします。

*  *  *

毎度です!めっきりと寒くなりました。1か月に1回のお約束、「人に話したくなる革の話」です。

村木るいさんの「人に話したくなる革の話」 | 欧米ブランドに「負けていないぞ !」 | JLIA 日本皮革産業連合会

さて、ここ数か月はタンナー話が続きました。
以前から書いていた「革業界周辺の職業紹介」シリーズも、残りはもう「漉き屋」と「刃型屋」の2つです。どちらを紹介しようかなぁ

「ムラキさん、春になると春財布ということで財布の需要が高まります。ですので漉きと財布の話をしていただけるとありがたいですね」

あぁ、なるほど。そらごもっともですわ。

それでは今回は革業界にはなくてはならない「漉き」という工程と、それを専門とする「漉き屋」という仕事を紹介しましょう。


漉きという工程

布をやっている人からみて革という素材はどうしてもハードルが高く感じられます。
値段が高い・切り売りしてもらえない・流れが複雑などもあります。その中でも、この「漉き」という工程は布業界の人が聞くと「えっ!そんなめんどくさいことしているの、革の世界は!」と驚かれることがよくあります。

どういう工程か?

革は厚みがあり、パシッとした張りがあります。
そのため端っこや真ん中部分の厚みを薄くすることで曲げやすくしてあげる工程。これが「漉き」です。

以前見た漉き割りとは違うの?

以前こちらのblogでも紹介した「漉き割り」とはまた違う工程となります。

村木るいさんの「人に話したくなる革の話」 革を薄くする仕事「漉き割り」の世界 | 欧米ブランドに「負けていないぞ !」 | JLIA 日本皮革産業連合会

漉き割=全体を均一に薄くする
漉き=端っこや真ん中などを均一、もしくはイビツに薄くする

どうやるの?

高速回転している刃に入れることで上と下に分割します。

手では出来ないの?

機械でやるほうが早く、美しくできます。

漉きに違いがあるの?

漉きに使う機械を「漉き機」と言います。新品で購入しても30万円ほどで揃うのですが、こちらの品は「買えば全部できるよ」というものでもありません。

漉きの工程にはさまざまな種類が存在し、それぞれに見合ったアタッチメント=「押さえ」を使い、革に合わせて漉き機の微調整が必要となります。

(鞄・ハンドバッグ・小物 標準用語集より)


(動画あり)「鞄・ハンドバッグ・小物 標準用語集 」: レザークラフト・フェニックス

ベタ漉き...全体を均一に薄くします。


ヘリ漉き...ヘリ返し、と呼ばれる鞄や靴に多用される革の端っこ部分を薄くします。


ヘリ下漉き...ナナメ漉き、とも呼びます。バッグや袋物で内縫いをしてグルンとひっくり返す際に使います。


折れ漉き・溝漉き...中漉きとも呼ばれ、財布の外側部分の真ん中などに多用されます。これによりスムーズに曲がります。

例えば斜め漉き

上記写真で書かれている「ヘリ下漉き(別称:ナゾエ漉き)」ですが、私は普段は斜め漉きと呼んでいます。見た目通りナナメに薄く削ぎ落として薄くしています。

この斜め漉きは内縫いのハンドバッグや財布などに多様されます。
内縫いは2枚のパーツを表で貼り合わせて縫う。くるっと表にひっくり返します。単純な工程ですね。

が、革の場合は厚みと革の表面の張りやコシがあります。
ナナメ漉きをすることで内縫いをひっくり返しやすくします。

下記に2種試してみました。

・漉きをしていないもの
・端の厚み 0.5mm ナナメの幅が15mm

の2種です。
これを内縫いしてひっくり返した写真を見てましょう。

漉きをしていないものは論外ですね。
カーブがきれいに出ていません。

それに対してナナメ漉きをしたパーツは緩やかなカーブを形成しています。

このような緩やかなカーブを出すためにもナナメ漉きは重要な工程なわけです。

毎回同じ結果が出るとは限らないのが漉きという工程

問題はこのナナメ漉きという工程は非常に再現性が難しいということです。

今回使った革は合成タンニン鞣しの1.6mmの革を使いました。
が、これが鞣しや厚み、革を購入した会社が異なると、漉きを同じ設定でしたとしても、バッグにした際に同じカーブが出るとは限りません。
さらに言うなら、同じ革を購入していても春購入したものと秋購入したものでは微妙に革のコシと張りが変わる可能性があります。

毎回同じようなカーブを再現できるとは限らないわけです。

「えっ!安定性がないの!?」

そう、革という素材は品質も供給も全く安定性がないんですよ!
前回と同じ設定なんだから同じ漉きができて、バッグのカーブも同じカーブができるなんて保証は一切無い。それが革という素材の面白くて恐ろしいところです。

ここらの素材の安定性がない、という話は過去にも裁断師の話で紹介しています。

2018年7月25日の記事 | 欧米ブランドに「負けていないぞ !」 | JLIA 日本皮革産業連合会

これらの素材の不安定性さを見極めた上で、技術を必要とするのが漉きという工程です。

「そんなに難しいんですか。じゃぁどうすればいいんですか!」

そのために存在するのが今回ご紹介する漉き屋さんです。

漉き屋という仕事

漉き屋さんはこの「部分的な漉きをやる」というのがメインな仕事です。
サブの仕事としてはバンドマシンを使った幅20cm程度までの漉き割りも行います。

漉き屋という加工屋はどれくらいの数存在するのか

人づてに色々聞いていますが、東京と大阪あわせておそらく20件弱と思われます。兵庫県でおそらく数件。他の地域は難しいですね。

漉き屋という仕事は加工業です。言い方悪いですが、自分たち自身で商品を作るのではなく、商品を作っているメーカーさんから「漉き」の仕事だけをもらってお金を稼ぐ加工業です。

加工業は仕事を取ってくるメーカーさんのそばで仕事をしないとお金は稼げません。靴やカバンなどのメーカーがない地域では商売がしづらいわけです。

仮にこのblogを読んだ人が「よぅし、僕は漉きの仕事を極めて、故郷の札幌or沖縄なりで加工業をやるぞ!」と思っても、稼ぐのは難しいわけですね。

漉き機という仕事で家族を養う

漉き機という機械ですが30万円程度で新品を購入可能です。
この機械だけでも昔は家族を養えました。現在はこれ以外にもバンドマシンという機械がないとちょっと生きづらいですね。

漉き屋という機械1台購入で終わる、という仕事でもない

漉きという工程は前述しているナナメ漉きやヘリ漉きなどがありますが、機械に装着するアタッチメント=押さえは長さが異なる基本的な4種類ほどしかありません。

これを漉き屋さんは自分たちでグライダーで削って加工します。
望んだ形状にするために4種の押さえで漉き加工は可能ですが、「いちいち手作業するよりも押さえを加工したほうが手間かかるけど、安定性を維持できる」と判断したならば押さえを削っていきます。

このようにして加工した押さえが何十個もあるわけです。

「どのようにすれば望んだ形状になる」という知識と技術、両方がなければ美しい漉きはできないわけです。

漉きが一番細かい業界は財布業界

革業界の中でもこの漉きが一番細かいのは財布業界です。
カバンなどは大きいので、1mmなり2mmなり寸法が狂っていても色々な箇所で微調整や修正ができます。靴はカバンほど大きくないのですが、吊り込み工程で木型に合わせる、という作業ができますので1mmなり2mm程度の誤差は微調整が可能です。

財布はカバンと違い小さいため、微妙な誤差が目立ちます。また、靴のように吊り込み工程で木型に沿わせることができないので微調整がしづらいわけです。

「そんな1mm程度のズレなんてたいしたことないだろ?」と思われがちですが、ぶっちゃけ、一般消費者でも財布の1mmのズレは気づきます。

例えば下記写真は財布を作っている最中のパーツです。カードを入れる部分を「見込み」、土台部分を「カード台」といいますが、この見込みとカード台が3枚重ねる際に1mmナナメにずれただけで消費者は気づきます。0.5mm狂うと作り手は気づきます。人間の目ってのは結構優秀です。

漉き工程はこのような0.5mmのズレを許さない財布業界ではとても重要な工程となります。

春財布ってなに?

3月なり4月の春のシーズンに財布を買うと「お財布がパンパンに張るほどお金がはいる」という縁起担ぎですね。メーカーさんにもよりますが、今の時期くらいから春に向けて財布メーカーさんは忙しくなりますね。

漉き屋さん、行ってみたい!どこにあるか教えて!

基本的に業者さん向けの専門職種となり、気軽に見学などができる場所でもありません。そのためどこにあるのか、取引できるのか、などのお問い合わせはご遠慮ください。

漉き屋さんも皮革業界を支える縁の下の力持ち的な商売です。

皮革業界はこのような加工職種が多数存在する業界です。
専門職種ですし、現存数も少ない職種のため目立たないといや目立たない仕事ですが、なくてはならない仕事となっています。


プロフィール

鈴木清之

鈴木清之(SUZUKI, Kiyoyuki)
オンラインライター

東京・下町エリアに生まれ、靴・バッグのファクトリーに囲まれて育つ。文化服装学院ファッション情報科卒業。文化出版局で編集スタッフとして活動後、PR業務開始。日本国内のファクトリーブランドを中心にコミュニケーションを担当。現在、雑誌『装苑』のファッションポータルサイトにおいて、ファッション・インテリア・雑貨などライフスタイル全般をテーマとしたブログを毎日更新中。このほか、発起人となり立ち上げた「デコクロ(デコレーション ユニクロ)部」は、SNSのコミュニティが1,000名を突破。また、書籍『東京おつかいもの手帖』、『フィガロジャポン』“おもたせ”企画への参加など、“おつかいもの愛好家”・”パーソナルギフトプランナー”としても活動中。

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