April 24, 2024
【村木るいさん連載】タンナーが取り組む環境に良い革づくりの話
カテゴリー: 村木るいさんの「人に話したくなる革の話」
月1回のスペシャルコンテンツ、村木るいさんの「人に話したくなる革の話」。
今回は、タンナーが取り組む環境に良い革づくりを皮革産地、兵庫県たつの市を拠点とするタンナーで現地レポート。ドラム、レザーの新しい傾向、世界的な認証について、つくり手の皆さまからお話を聞きつつ、「環境に良い」革づくりの最前線を探ります。ぜひ、ご覧ください。
* * *
通常、皮革産業のさまざまなトピック、イベントのレポートなどをお届けしていますが、人気イベント「本日は革日和♪」を主宰する村木るいさんが月1回スペシャルコンテンツをお届けしています。イベント、セミナーなど精力的に活動する村木さん。皮革に関する確かな見識を有し、幅広い情報発信に支持が寄せられています。
当ブログでは、レザーに関心をもちはじめた若い世代のかたや女性ユーザーにお伝えすべく、わかりやすい解説とともに西日本の皮革産業の現状をご紹介しています。独自の視点・レポートが大好評です。
今後のスケジュールなどは下のリンク先をチェックしてください。
* * *
毎度です!「暖かくなってきたので、タンナーさんに・・・」ムラキです。
普段は大阪で仕事をしています。革の仕事をしていて関西にいるメリットの一つはタンナーの集積地であるたつの市や姫路市が近い、ということです。そのためフラフラと行くこともあるのですが、今回は電車で2時間ほどかけてたつの市まで移動。現地でタンナーさんをめぐりました。
今回は、タンナーさんが推進している「環境に良い」革づくりに関しての紹介です。
・新しいポリプロピレンのドラムは環境にいい
・土に埋めると半年かからずに分解されるゼオライトレザー
・環境にいい、という定義はそもそもなに?
・LWG=Leather Working Groupという認証
・LWG認証とるのはこんなに大変
という話をしていきます。
嶋田悟製革所
嶋田悟製革所の嶋田さんとは以前、皮革大学の講師をしていただいていたときに知り合いました。
近年SNSも始められており、ちょこちょこ見ていると「新しい設備入れました」と。
「古い木製タイコを撤去して新しいドラムを導入しました。
新しい物はいま世界的に主流になりつつある、ポリプロピレン(PPH)素材のものを選択しました。革造りに様々なメリットがあります。
気になる方はGoogle等でPPH drum tanneryと画像検索してみてください。
大型の木製ドラムは通常バラバラの部品を輸入して、工場内で組み立てを行いますが、このドラムは完成品をそのまま導入します。
大型設備は道路の通行許可や重機の手配等、かなり手間と費用がかかります」(2024年3月25日投稿より)
!?
そりゃ見たいし触りたいなぁ、ということでアポをとって見に行きました。
ポリプロピレンのタイコはどう違う?
タイコ、、革を作る時にぐるぐると混ぜる機械をドラムと呼んでいます。英語でもdrumですね。従来は木製ですが、こちらの品はポリプロピレン製です。ペットボトルなどで「PP」と書かれているものですね。
こちらの品がポリプロピレン製のドラム。写真で見るよりもデカく、実際にコンコンと叩くと重量感があります。
ポリプロピレン製だと軽いのかなと思ったけど、叩いた限り重くて頑丈っぽいですな。
「木製に比べると軽いです。革を何十枚入れると重くなります。その分電気の力で動かすときに消費電力が多くなり電気代が多くかかります。軽いと負荷も減り電気も使う量が減らすことができるわけですね。つまり省エネにつながります。
負荷はポリプロピレンだけで支えているわけではなく、ドラムの外側にある金属部分でも重さを支えて負荷を分散しているわけです」(嶋田さん)
木製のほうが自然的で環境にいい、という印象あるけど、ポリプロピレン製のほうがどういいの???
「洗浄が容易です。ポリプロピレンは薬品がドラム内部に染み込むことが無いため、様々な鞣しや染色に使いやすくなります」(嶋田さん)
使う水量が減る、とかもあるんですか?
「それはポリプロピレン製だから、というよりも内部の構造によります。こちらのドラムでは内部に打棒ではなく、羽がついています。この羽により水流が生み出され、より少ない水で革をなめすことが可能となります」(嶋田さん)
洗濯機みたいですね。
「実際に洗濯機の考え方も応用されているそうですよ」(嶋田さん)
少ない水で鞣し、コストも30%ダウンさせる新しい薬剤
日本皮革技術協会の環境対応革開発実用化事業のめっさ分厚い報告書が最近届きましたが、あそこに書かれていましたよね、新しい薬剤の話?
「あれは経済産業省の補助を受けて新しい薬剤を複数使い、革の各工程で使うことで環境にいい、という革を作り、その革が実際には通常の革と物理特性や外観の差異があるか、どうか、というのを載せています」(嶋田さん)
それは新しい鞣し方ってことですか?
「この本の中ではいろいろな環境に対する負荷軽減の技法の話等が載っています。新しい鞣し方、というよりも革の工程の中で細々と革に対してメリットをもたらす、ということが可能で、それが結果的に革の価値やコストダウンや環境負荷を低減します、ということです。
革の鞣しでピックル工程が必要だったのですが、このピックル工程が不要になる、という鞣し方を紹介しています。これはクロムだけではなくクロムフリー・ヌメ革製造においても適用できます。
また、従来の硫化物を使った脱毛方法ではなく天然由来の酵素を使った脱毛方法、革の工程の一つである脱灰工程でバイオポリマーを使うことで革のシワを伸ばして高い面積が取れるようになる。結果的に製品を作る際に効率良くなる、というものも複合的に使ってみました。
これらの技法や薬剤は経済産業省の援助で行われているものですので、この報告書でも処方なども載せています。(処方=革のなめしの中で薬剤をどれだけ使うか、革に対するアクションをどれだけ、何分行うか?phの値はこの数値を目指す、などが書かれたもの)
当社に限らず、今回有難いことに多くのタンナーさんにに試験の協力・各社で現場テストをして頂いて様々な結果の収集が実現しました。この充実したレポートが多くの方の目に触れることを期待します」(嶋田さん)
本の中で紹介されている「生分解性に優れた環境に優しいゼオライト鞣し」ってのはどういうもの?
「ゼオライト鞣しは以前から行っているものですね。こちらは牛革1枚を丸々土に埋めたときの分解性をテストしています。実際に見てみましょう」(嶋田さん)
あぁ、外から入ってくる時に、なんでこの部分だけ囲んで土の色が違うんだろ?でも生えている植物は特別な植物でも花でもないな、と思いながら見ていたんだが・・・
「この下にゼオライト鞣しの革を埋めています。ほら」(嶋田さん)
???
これ、革?
段ボールなどを土に埋めている、というわけじゃなくて?
「実際の革ですよ。この部分は地上にたくさん露出していてその他の部分ほど分解が進んでいません。分解が進んでいないからこそ、ムラキさんがいう段ボール状に残っているんですよ。インスタやFBでも書いていますが、23年5月、9月、10月の写真です。その革ですよ。ちょうど埋めてから11ヶ月目、というのが現在の状況ですね。季節や気温によって分解のスピードが大きく異なるということが判りました、また革の部位によっても分解の度合いが違いました。このあたりは実際に革を埋めて細かに観察して初めてわかりました」(嶋田さん)
「ゼオライト鞣し革の生分解性テスト
牛の半裁1枚を丸々使ってます。
大きいので工場の空いてる場所に埋めて経過観察
土の状態が良くないので想定より分解具合がゆっくりですが、かなり土に還ってきています。
1枚の写真は5月、2枚は9月、3枚目10月
同じ鞣しでも、その後のレシピによって分解具合が大きく変わることも判ってきました。
今後更に研究を続けます」(2023年10月11日の投稿より)
「土の色が違うのは革を埋めて、外から違う土を持ってきて上からかぶせたからです。植物が多数生えているのは別に何も植えていません。風に乗って勝手に生えてきているだけですよ」(嶋田さん)
土を触ってみたけど、虫も多数いるし、酸素量も多い良質な土ですねぇ。ここ以外の駐車場部分の栄養素が枯れた土とは全然違うなぁ。革を分解したから土に何かしら有害な何かが残っている、という感じもないですね。ダンゴムシやら他の虫もちらほらいますなぁ。
「この革は、ムラキさんも見に行ったニューレザーコンテストで受賞もしていますし、今年のレザーアワードではこれらの革を使った作品も出されるそうですよ」(嶋田さん)
環境にいい、という定義はそもそもなに?タンニン鞣しは環境に良くてクロム鞣しは環境に悪いのか?
環境にいい、という定義はとても難しいです。イメージ的に「タンニン鞣しが環境にいい・クロム鞣しが環境に悪い」というものがありますが、何かしらの部分だけを取り上げたら、確実に「この部分は環境にいい」という部分を取り上げることはできます。ただ、そのやり方なり製品の別の部分で「環境に良くない」ということもありえます。
ライフサイクル分析(LCA)、というISO規格では、再生不能資源の枯渇・富栄養化・酸性化・温室効果・水使用量などの複数の観点から環境への影響について検討されています。これに照らし合わせると、鞣し方によって環境負荷が高い・低い、ではなく、製造工程や環境管理によって左右される、ということがわかっています。
鞣し方法によって環境への影響は異なるのでしょうか?「鞣しにはクロムを使うと聞きましたが、安全なのでしょうか?」
このLCAは分析、ですが、世界的な革の環境認証が今回紹介する「Leather Working Group=LWG」というものです。
Leather Working Groupという世界的な認証
さて、世界的な革の展示会に行くと、この「LWG」という文字が展示ブースでよく見かけられるようになってきています。この認証は2005年にナイキが音頭を取って始まった認証制度です。認証機関が認定、というものではありますが、レザーに関するブランドメーカー(ナイキや)、薬剤会社、タンナーなどが加入しています。
認証には250もの項目をクリアする必要があります。項目は、環境に対する項目として「省エネ」「省資源」「節水」「環境負荷への配慮」。安全性に対する項目として「工場内の安全衛生」。コンプラに対する項目として「法令遵守」。製品に対する項目として「規制物質リスト=消費者へのレザー製品の安全性の担保」「トレーサビリティ=生産履歴管理」があげられます。
2018年にLWGを取った繁栄皮革工業所
日本でいち早くこの認証を取ったのが繁栄皮革工業所さんです。
LWGという言葉を私が意識しはじめたのは、以前山陽さんへ話を伺いに行ったときです。
今回、話を伺ったのは繁栄皮革工業所の中嶋副社長さん。以前には「あぁ、大変そうな認証だなぁ」程度の認識でしたが、背筋が凍るほどの大変さでした。
今回はよろしくお願いします。他のサイトなどでLWGを取ろうと思った経緯などが紹介されているので、違う切り口からお伺いしますが・・・
LWGとるのって大変なんですか?
「工場の中とかは見せられないものが多いのですが・・・この書類の束。LWG認証をとるためにはこの書類を書かなきゃいけません」(中嶋副社長)
これ、すぐかけるものなんですか?
「もちろん時間かかりますが、LWG認証って2年時間がかかるんですよ。この2年という時間は、できあがった革が2年経過してどういう風に変化していくか、というデータが必要となるからです。
さらに認証をとるためには、世界で14人いる認証員が実際に会社に来て1週間確認していきます。さらに、認証されても2年後にまた認証確認に来ます。このときに項目を満たさないと認証のランクが下げられることもあります」(中嶋副社長)
は!? プレッシャーすごいですやん
「もちろんです。最初に認証を受けたときは1週間で3kg痩せましたよ。当社は2018年に標準資格、21年にシルバー、23年にゴールドランクという最高峰を取得しました」(中嶋副社長)
250項目は上に書いたように、「環境負荷への配慮」「工場内の安全衛生」「法令遵守」「規制物質リスト=消費者へのレザー製品の安全性の担保」「トレーサビリティ=生産履歴管理」に分かれていますが、環境負荷への配慮はわかるんですよ。
工場の安全衛生や法令遵守って何を見るんですか??
「ムラキさん、例えばあそこに焼却炉ありますよね?あれはゴミを燃やすものですが、あの焼却炉も環境負荷を考えたものであり、温度が表示されているようになっています。
一斗缶などでゴミを燃やしている、となると、LWGは習得できなくなります。工場内も見ていただけたらわかるように、人が歩くゾーンとフォークリフトが走るゾーンを分けるラインが引かれています。こういう細々としたことが250項目あるわけです」(中嶋副社長)
生々しい話を聞きますが、LWG取ったからって儲かる、というわけじゃないじゃないですか?
繁栄さん以外のタンナーが取ったら自社の旨味が減る、とかないんですか?
「現在LWG認証を受けたタンナーは、世界で2012年は129だったのが2023年は1180になっています。これは世界的な潮流です。例えばカバンなり靴のメーカーさんが世界の市場に出す商品を作る際には、このLWG認証を受けたタンナーの革を使わなきゃ当百貨店では扱わない、というのが増えてきています。さらにLWGが知られたら日本の百貨店でもそのような流れになるかと思います。
当社だけがこの認証受けていても意味がないんです。日本の他のタンナーさんも取ってもらいたい。
ムラキさんが以前行かれた山陽さんは昨年LWG認証を受けられましたが、当社もアドバイスなどは行いましたし、今後も他社さんでこのLWG認証受けたい、という人がいたらいくらでもアドバイスは行います」(中嶋副社長)
アドバイス受けたからって、これ取れるかな。気力・時間・体力、など社長に必要かと思いますが、他に何がいります?
「初期投資などのお金ももちろんかかります。で、それ以上に必要なのがケミカル=化学知識です。認証員は革を作る工程の質問を行います。その際に、『現場の~~さんが答えます』じゃ駄目なんです。社長がそれを答えないといけないわけです。だから、必要なのは社長に革を鞣すケミカルの知識が必要となります」(中嶋副社長)
LWG認証受けたからって儲かるもの?手応え感じます?
「現在、1か月に3~4件はブランドや学校が見学に来ています。特に若い学生さんは学校教育でSDGS教育を習った子が大学生になったり、もう就業しはじめています。海外に出す製品メーカーさんが、海外から言われて慌ててLWG認証受けたタンナーの革がほしい、と問い合わせが来て見に来られたりもしています。やはり時代は変わってきていますね」(中嶋副社長)
嶋田悟製革所さん、繁栄皮革工業所さん、を訪れて
2社とも、「情報は出します」「ぜひほかのタンナーもやってほしい」という思いは共通だと思いました。
両社の取り組み方は異なりますが、環境にいい、という面で非常に理知的な取り組み方だな、と勉強させてもらいました。革業界も多種多様な「環境にいい」取り組み方を行っています。これは自然環境に対する負荷に限らず、カバンや靴を作る労働環境や法令遵守(無理な残業していないか)なども言われるようになってきています。世界は変わってきており、時代の変化に立ち会っているな、と実感しますな。
この後さらにもう1社訪れて面白い話をもらいましたが、ここらはまた別の場所で紹介します。
ムラキ今後予定
5月24~25日 東京・浅草橋「本日は革日和♪」
7月19~20日 福岡・博多「本日は革日和♪」開催予定です
プロフィール
鈴木清之(SUZUKI, Kiyoyuki)
オンラインライター
東京・下町エリアに生まれ、靴・バッグのファクトリーに囲まれて育つ。文化服装学院ファッション情報科卒業。文化出版局で編集スタッフとして活動後、PR業務開始。日本国内のファクトリーブランドを中心にコミュニケーションを担当。現在、雑誌『装苑』のファッションポータルサイトにおいて、ファッション・インテリア・雑貨などライフスタイル全般をテーマとしたブログを毎日更新中。このほか、発起人となり立ち上げた「デコクロ(デコレーション ユニクロ)部」は、SNSのコミュニティが1,000名を突破。また、書籍『東京おつかいもの手帖』、『フィガロジャポン』“おもたせ”企画への参加など、“おつかいもの愛好家”・”パーソナルギフトプランナー”としても活動中。
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